生産地からみた木材

 次に、生産地からみた木材について考えてみる。
 現在、住宅に使う木材の実に8割を、いわゆる外材が占めている。 日本は世界有数の森林国であるにもかかわらず自給率は年々低下を続け、 世界の木材流通量の過半数を輪入している。自国の森林を温存して、 他国の自然環境破壊を招いていると、諸外国から非難の声があがっていることはご存じの通りである。 需要と供給という経済活動からみれば、また、コストや価格競争といった面からみれば、 ある意味では尋常な状態と云えるのかもしれない。しかし、何か歪んではいないであろうか。
 国内に目を向けてみると、実は同じような問題は様々な形で起きている。
 東京に住む我々が家を建てようとした場合、国産材を使いたいと希望すると、 地元材ではなく全国の有名産地の木材を提案されるであろう。 (東京の多摩材の名が挙がることは、まず無い) もちろん、予算次第ではあるが、日本各地で生産された木材が、 選り取りみどりに選ペるのである。選択の幅が拡がったという点からは喜ばしいことであり、 巨大消費地である東京に、全国から物資が集るのは、経済活動からみれば当然のことであるといえよう。
 しかし、生産地である地元に視点をおいてみると、まったく違った面が見えてくる。 たとえば、有名木材の生産地に近い場所で、特に、山持ちや木材関係者にツテが無い人が家を建てようとした場合、 その地方の産材を使用することは、東京にいる場合よりも難しく、 価格も高くなることか多い。
 なぜ、そんなことが起こるのかというと、単純にいえば大都市向けに地元材が買い占められてしまうからである。 地元の業者は大量な注文を受けられる大都市を優先させ、設備投資をし、大量発注に見合うコスト下げを求められても、 投資額を回収するためには応じるしかない状態におかれている。結局、地元が潤うことがほとんとどないまま、地域産材はその地方から姿を消し、 使用する場合には東京に注文するため、輸送費の分だけ割高になってしまうのである。
 一方で、現在地域産材を見直す動きも少しづつ出てきてはいるが、 ほとんどの地域では、生産者の目が地元ではなく、東京等の大都市を向いている。 こうして入手しにくく、価格も高くなったものは、新建材等の代替品に代わっていくことになる。
 それだけでなく、第1次産品や天然素材といわれるものの消失は、それに携わり、 生業としてきた人々の生活も成り立たなくしていく。結果として、その地方の産業の灯りがひとつ消え、仕事を失った人々が都会へと流れていくことになる。 戦後、こういうことが、いろいろな形で各地で繰り返されてきたのである。
 家造りもまた、同じ道を歩んできている。かつてその地方地方には、そこで育った木を使い、 素材を生かし、風土にあった住まいを造ってきた大工や職人がいた。 しかし、メーカーが大量生産した家が広まると共に、技術と知恵を持った職人が姿を消し、 全国、同じ様な家ばかりが建てられることになってしまった。 まだ、完全には従来の家造りの灯りが消えてはいないものの、 今、その方向を変えなければ、確実に手後れになるであろう。